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星羽白寄り添う修善寺寒桜

鳥撮トリプルがお届けする、ねっとDEお花見桜の詩。ところは新宿御苑から

桜に鳥の図の第二弾は、めじろん!メジロさんに続き、鴨さんに登場願います。
羽に白い部分があるのが特徴の、羽白鴨(はじろがも)の仲間から
淡水性の星羽白(ほしはじろ)をお届けします。
ごく稀に、大星羽白(おおほしはじろ)という大きな体躯の近縁種がいたりするんですけど、私はまだ、残念ながらご尊顔を拝見してはおりません。
ホシハジロがたくさん、いる湖沼などで地道にバードウォッチングしてればあえるんですかねぇ。
最近は、淡水ではキンクロハジロに、海の近くではスズガモに出遭うことが多いように感じます。
文末にあとで、書く内容のせいで、上野の忍ばず池で、コスズガモに出会える機会も無くなってしまいました。浅はかですよね…

ま、それはさておき桜に鴨タイトルDE俳句に、画像を取っ付けて公開します!


星羽白寄り添う修善寺寒桜 鳥撮三


【ケイタイ向け画像01】新宿御苑・修善寺寒桜に星羽白(ホシハジロ)1
新宿御苑・修善寺寒桜に星羽白(ホシハジロ)1







【PC向け画像01】新宿御苑・修善寺寒桜に星羽白(ホシハジロ)2
新宿御苑・修善寺寒桜に星羽白(ホシハジロ)2






※↑クリックで大きめな画像が表示されます

ココから下は長くて重い、野鳥に餌をあげる事についてや
環境のことや鳥獣保護の事などが書いてあります。

そうですね。餌やり全面禁止の問題といえば
東京都の都立公園などで昨年から一斉に突如として全面餌やり禁止のお達しが!
某有名画家の方などが抗議の声をブログで上げていたのも、十分理解できるのですが
上野動物園の園長などを責めるのはちょっと違うと思います。
私も上野のカモ・ウォッチングを例年楽しみにしていた一人なのでとても残念なのですが
実情は、園長も一、勤め人ととして複雑な心情ではないかと考えます。
自分自身に置き換えた時、正義や主義主張などがあったにせよ、給与の支払い元に反旗を翻すのは、実際問題として職場の立場、収入の事や仕事の事、家族の事、いろいろなしがらみがあって、一個人、なかなか難しいのではないでしょうか?
単純に個人攻撃はすべきでは無いと私は考えています。

もともと、上野動物園は、西園で飼育動物と野鳥の共生をテーマに過去取り組んできていました。
突如180度方針転換して、餌やり全面禁止にした背景には、メディアの煽りを鵜呑みにして世論がそういう風潮になっていたこと、景気が悪化したりしている状況で都民の税金の使い道として野鳥に餌をあげるということに肯定的ではないということ、鳥インフルエンザに対する間違った知識による過剰な反応などが外圧としてあるかと思います。
注意すべきは、上野公園、上野動物園だけでは無く、他の都立公園などが同時期に、餌やり全面禁止になった事です。
その事は理解すべきではないでしょうか?

動物園はズーストック研究調査、などとともに傷病動物の保護なども行っていて、単なる動物の展示だけをしているわけじゃありません。野生の鳥獣の保護もしてるんですよ!
展示動物の日本産鳥類の殆どは保護された元野鳥か、動物園生まれの子たちです。

そして私は、以前から餌やりに否定的な立場を取ってきましたが、個人で冬場に自宅に餌台を出したりする事は、里山が無くなったり野鳥たちの食が確保できない現状において、許される範囲なのでは無いかと思っており、これまでもそのように言ってまいりました。

湖沼や公園などでめいめいが自分勝手に無計画で大量な餌やりは、長期的には止めて欲しいと思っているけど、緩やかに。
そして、餌をあげる人たちの気持ちや想い、アニマルセラピー的な癒しを求めることなど
(野生の生き物に求めるのはやめて欲しいのですが)に対しては、ハトやのらねこと同じことだというのを理解してもらいつつ、優しい気持ちは大切に尊重したいと思っています。

湖沼などで、何トンなどという単位で大規模な餌付けをするのは、どうかと思いますが
餌付けが長期間継続して行われて来た事実は無視できないと思います。
それを当てにして、白鳥などが飛来するのは事実なのです。
上野にコスズガモのような比較的珍しい鳥が飛来していたのも同様ですし、ヒドリガモなどは本来は池に浮かんで、パンに食らいつくのでは無く、地上で餌を採食するはずのカモが池に浮いて、ご飯を待っているのが真実の姿です。
明らかに餌を貰って冬を凌ぐために、そこにいる事実はどうなるのでしょうか?
よくないからやめる?止めたあとのこと考えていますか?短絡的で思慮が無いですよね!

突然、全面禁止して餓死で大量死などしたら、多分保健所などが処理するんですよね?
餌やりの金銭的な負担を気にするのであれば、保健所が大量の死骸駆除とかする費用は気にしないんでしょうか?

大量死しないにしても、ある地域から高次捕食者が突然いなくなって、植物や小動物が大量に繁殖して、生態系が悪化したら誰が責任を取るのでしょう?
生態系回復にかかる費用は誰が払うのでしょう?
そして、回復ができない環境や特定種が絶滅したら、消えてなくなった環境や種はどうなるのでしょうか?
お金を幾ら使っても元に戻せないものも世の中あるんですよ!!

また、生活圏や餌場を失った鳥獣が、他の場所で畑を荒らしたりして鳥害になったり、市街地で糞害がおきたりしたら誰が責任を負うのでしょうか?
野鳥を悪者にするのは止めてください。我々人間が悪いんですよ。

それから、お年寄りの中には、子供の頃から半世紀以上、生き物を愛しみ餌をあげるという行為を良かれと思って続けて来た方もいるかと思います。
小さなお子さんがお母さんと一緒に、または小学生ぐらいの子供たちが餌をあげているのも良く見受けられました。野鳥はペットでは無いので、正しいアプローチでは無いと思いますが、情操教育や動物愛護という意味では、コレは単純に悪だという話では無いと思います。
50年続けて来た行為を今日から直ちに止めろと強要すべきことなんでしょうかね?
理解をしたうえで、本人たちが納得してやめてくれるように働きかけるべきではないでしょうか?
そして、自然採食できる環境が伴っていないに突然全面禁止するのは、単なる生態系の破壊ですし、例年の餌を期待してやって来た野鳥などは実際問題どうなるのでしょうか?
めいめいが何袋分も大量にパンなどを持ってきて過剰に、与えたりするのはよくないと思いますが、自然採食で十分な糧を得られる環境が先に実現しないうちは、暫定的に一定の管理の上で餌をあげても良いのではないかと私は思います。

10円で救える命、などとワクチンを打てば助かる人間よりも、姿形などが美麗であったり、愛らしい特定の鳥類のみが一体ナンボ金かけてんの?
と、過剰に保護されていて、地味で人気の無いミゾゴイなどの鳥は絶滅が危惧されてもろくな調査すらされていないという、浅はかで、身勝手な人間の性が(私自身も含めてそういう感情はあります)残念ながらあるのが現状です。
でもそれは保護じゃなくただのえり好みの愛玩です。

少し話が変わりますが、野生の鳥獣が保護されているのには、小動物を捕食したり、植物を採食したりすることで生態系の高次消費者として特定のものが 増えすぎるのを抑止したりする働きをしているからです。有害物質を体内に蓄積して環境を綺麗にしたり、環境の指標になって警鐘をならしたり、種子を運んで 鎮守の森を作るのに一役買ったり。
と、いうようなことを担っているんですよ。

マクロ的には、野鳥に餌をあげて人間が過干渉して、餌付けするのはよくないことです。
由比ガ浜のトビ問題、日光のサル、北海道のキタキツネなど、可愛いからといって観光客が無責任に餌付けをすると、そこに住んで生活している方たちや動物達自身も迷惑を蒙ります。
特定の野鳥だけ愛玩することも、餌づけをして手乗りや、芸をさせたりなどコントロールしたりすることもよくないです。
しかし、部数や視聴率しか頭に無いマスメディアに煽られて、単純に是か非か、餌やりを全面擁護か全面禁止かという話では無いことに気づいて欲しいものです。

開発で行き場をなくしたり、食べ物を得ることができなくなった鳥獣はいったいどうしたらよいのでしょうか?

近年、調整池を公園や鳥獣の保護など多目的な場として、空間利用しようという試みがあります。
このような環境が整備され、鳥獣が自然採食で きうる状態がまだ十分に実現していないのに、これまで何十年も続けられてきた餌やりを段階的で無く、ただ単に全面禁止するのはただ生態系の環境を破壊し て、且つ、動物虐待してるだけであって、餌をあげている人たちよりももっとダメな行為です。

環境や自然、動物のことを考えるなら、もっと全体をよく考えるべきじゃないでしょうか?
ただし、特定の市町村の財源で、鳥獣に餌を与えるのを、納税者が公共の利益として納得できないのであれば、予算を削られるのはやむを得ないと思います。
でも、税金の無駄遣いというのであれば、癒着と不正融資、審査の甘さなど、酷い状況の破綻銀行をどうにかするほうが先ですよね?ね?都民の方…

一方で保護をしたいと思う方々は、別な方法で財源を確保せざるを得ないと思います。
それが具体的な保護のアプローチじゃないでしょうか?

みなさんにもこの機会に、是非よく考えて欲しいと思う私でした。
環境や動植物をとりあげる、鳥ブログなので、ちょっと重いネタの時がありますが
たまには、環境の事や、動物保護のことなど真面目なお話させてくださいね。
そして、野鳥を愛する方。
見た鳥のカウントのお話や珍鳥の話ばかりをしても普通の方は、誰も記事を読んでくれません。
何故私が写真や、短歌、俳句などに絡めて鳥のお話をしているのか。
一見すると鳥の記事が引っ越し前の年に350件の頃から減っていると感じるかもしれませんが、動物や自然が好きだけど、特に鳥好きな訳では無い普通の方に鳥獣保護の話を聞いて欲しい…
どうしたら興味を持ってもらえるのかな?
鳥バカや鳥キチ一辺倒では、アプローチが違うのでは無いでしょうか?

それではまた

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コメント

とても深いお考えをお持ちで、ご立派だと思いました。我が家の目の前に、底も両脇も全部コンクリートで囲まれて、草1本も生えない用水路に、1か月前に鴨の親子12匹がひょっこり姿を見せて、驚きました。用水は恐ろしく深くて、地面から底までが3メートル位と深く、地上は又2.5メートルぐらいのフェンスがあり、人は近づけません。水はチョロチョロと流れている程度で、鴨は泳ぐことができません。水草も何もないコンクリートの上ですが、唯一、ジメッとしたところが緑色に汚れたように見えます。鴨はそこを一生懸命にくちばしでこそぎ取って何とか生きているようです。これでは死んでしまうので、出来るだけ毎日、パンや野菜を刻んだものをフェンスの上に向かって、深いコンクリートの底をめがけて投げいれています。早く無事に巣立ちして欲しいと願っています。
毎日、癒されると同時に、半分育てているようなものなので、心配事が増えて複雑な心境です。
私が餌をやらなければ、誰がやる?という責任感を感じていて、餌やりは誰に責められてもやり続けなければ、と思っています。が、他の方法があったのでしょうかね。役所に連絡をして、保護してもらうとか。

投稿: ねこまんま | 2010年7月18日 (日) 09時20分

ねこまんまさん
古い記事にコメント頂きありがとうございます

しかしながら、どうも誤解があるようです。
ズーストックや保護、保全の話は単純な二極論ではないので難しい表記で、分かりにくくなってしまうのですが
「私は餌やり自体は、過干渉でするべきでは無いと思っています。
つまり、餌やりには反対の立場です。
しかし、限定的に自然採食の環境改善されるまではまげて餌やり可能とする」
という事がコメント頂いたこの記事の趣旨です。
渡り鳥が冬場の餌を確保が難しい時期に過去何十年も餌を貰ってきた環境を突然全面禁止する事は、環境破壊、生態系のバランスを崩すので、段階的に餌やりを減少させて、調整池の多目的利用などが進んで、鳥獣が自然採食可能な環境の創生、または保全が十分になった時には、その時は過干渉はやめて餌やりは中止するべきだと思っています。

そして、お話の鴨の件ですが
この時期に国内で繁殖している鴨は、カルガモやオシドリなどの極一部の鴨で、仰る市街地のカモの種類は恐らくカルガモと推察されます。
カモは自身で自然採食で、餌を確保していたのをご覧になったはずです。
汚い川で何かをこそぎとっていて、食べ物が十分で無い様に見えるかも知れませんが、彼らは逞しく生きております。

雛は飛べませんので、2.5メートルのフェンスがあって3メートルの深さのある堀へは入れません。
そして、渡り鳥のカモは水に浮かんだまま休息や就寝のねぐらを取る者が多いですが、カルガモの子供は丘の上や杭、中洲、石の上などで休息や就寝します。
見える範囲にそれが無いのは、上流や下流に高低差の無い進入しやすい場所があってそこから降りている、寝る場所に適していないから夜は違うところに出て行っている
という事が予想されます
野鳥を愛で慈しむということは、生態を知り行動の意味を知る事でもあります。
この機会に相手への理解を深めて頂ければ嬉しいです。

そのため、どうやら今回は勇み足の取り越し苦労であると思われます

怪我を負っているなどで無い限り、飛翔や歩行で、テリトリー内の別の餌場に移動する能力をちゃんと有しており、もし取れないと判断すれば、別の場所に移動して餌は自分で確保できるのです。
特にカモの仲間は、生まれてすぐに歩いたり泳いだりする事が可能です。

皇居のカルガモ引越しのトピックスが例年、ニュースを賑わせますが、まさにそのまんま
引越しも移動も可能
時々刻々と場所を選んで生きていけるのです。

冬場に数百羽、数千羽、数万羽と渡って来る渡り鳥の餌やりしていたのを急に全面禁止する事とは、一般論として餌も自力で確保できる可能性が高いですし、餌の少ない冬場に多数の渡り鳥が飛来する時期とも話が違っていますので混同なさいませんように。
カモは丘に上がって、土手やグラウンドの隅の雑草もムシャムシャ食べるのですよ。
ハクチョウやカモでは当たり前の事なんですが…

そして、この時期は野鳥は夜明けの少し前、今なら4時半とか日の明らむ早朝頃から活動しています。
朝や昼は違うところで餌を摂っているかも知れません。
ご覧になっている場所は、複数ある餌場の一つでは無いかと思われます。
そして、12羽という数は、カルガモの孵化として(もし違う種類のカモであったと仮定しても同様)上限に近い極めて高い産卵数、そして極めて高い存命数です。
無性卵、天敵に食べられたり等通常は6羽から4羽ぐらい生き残っていれば、いいほうです。
弱弱しいどころか、強い生命力ですごく逞しく生きているというのが現実のようです。

似たような例で
雛が生まれる時期には、「雛を拾わないで!」
という啓蒙のキャンペーンを各野鳥団体や市町村などで行うのですが、一見迷子のような雛が巣立ち後に親に見守られていたり、あるいは巣立った直後に、これから自活で自立をしようとしているのを、可哀想に思って誤って保護してしまう善意の事故がおきがちですが、実はそれは、人間が傍にいるので近づけず、傍から見ている親から誘拐してしまったり、あるいは学習によって自分で餌を摂り、今後たくましく生きていく者の可能性を狭めて、囲い込みをしてしまう事になります。
大変申し訳ないのですが、お伺いした状況のカモに餌をあげてしまうと、のらねこやドバトに餌をあげてしまう事と同様になります。

ねこまんまさんの慈しみの気持ち、優しい気持ちにとての感銘致しましたが、ご理解を頂いて今後は優しく見守るのみとして頂ければ幸いです。

残念なことに、結果的に善意が仇になって、学習によって、餌を探す能力、餌を摂る能力の習得を妨げて自立を妨げてしまう事になってしまっております。

自分で餌を探し、見つけて、確保する力を育んでいく健やかな生命力を是非信じてあげてください。
獅子が千尋の谷に我が子を突き落と説話は
憎いからではありません。
独り立ちを促す子別れの時期、野鳥は可愛い我が仔を、時に傷を負う位激しく追い立てたりもします。
可愛いと思うなればこそ「立ち木見る」の親心を持って過保護にならずに、ぐっと我慢して見守って下さい。

強さを持たずに、野性では生き残ってより優れた遺伝子を残し、種を保存していけません。

蛇やカラス、カメや猛禽、のらねこ等に捕食されて兄弟たちの数は減っていきます。
フェンスの高さと堀の高さでねこまんまさんは堀の中に入れないと自身で仰っています。
短夜のこの時分に朝四時半から夜六時半、9月頃までどこにもでかけず毎日見張る事も現実的には無理ですし、してしまうと可愛い雛たちが弱くなって生き残る可能性が逆に低くなります。

今は、勉強の時期です
そういう天敵から逃げたりする資質と、学習による能力の開発が彼らが生き残るためには一番必要です

私の言わんとする事をご理解して頂ければと切に思います。

コメントありがとございました

投稿: 鳥撮トリプル@管理人 | 2010年7月24日 (土) 21時38分

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